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猫の過剰繁殖を防ぐ!TNR活動の手術の担い手【スペイクリニック獣医師】インタビュー

野良猫の過剰繁殖を防ぐため、不妊去勢手術を行い、地域猫として一代限りの命を見守る「TNR活動」。その手術に携わる獣医師さんは、どんなきっかけで活動を始められたのでしょうか?

今回は、不妊去勢専門病院である「にじのはしスペイクリニック」院長の高橋葵先生と、犬猫タウン前橋の石川夕起子先生に、獣医を目指したきっかけやTNR活動についてお話を伺いました。

※スペイクリニックとは…野良猫の繁殖を防ぎ、収容を減らすために、不妊去勢手術とケアを専門に行う病院です。

にじのはしスペイクリニック 院長 高橋葵先生
犬猫タウン前橋獣医師 石川夕起子 先生

インタビュアー:犬猫生活福祉財団 新井かおり)
今日はありがとうございます!
それでは早速、おふたりが獣医師になろうと思われたきっかけを教えていただけますか?

高橋先生)
私が獣医師を目指したのは、小学6年生の時に文集で「獣医師になりたい」と書いたことがきっかけでした。そう思ったのは、捨て犬や捨て猫が段ボールに入って通学路に捨てられているの何度か見るうちに
「なんで捨てられてしまうんだろう?」
「捨てられた後この子たちはどこに行くんだろう?」

と気になり調べたことが始まりです。

調べる中で、最終的には保健所にいって殺されるんだということを知りました。
「人間から捨てられる動物を助けたいな」と思った時に、獣医師という仕事があることを知りました。

新井)
捨てられた犬猫がきっかけで獣医師を目指されたのですね。

高橋先生)
捨て犬や捨て猫をきっかけにというは少し珍しいのではと思います。

その後、獣医学部を卒業する頃には保護犬猫のことから一旦離れて、民間の動物病院に2年間勤めました
そこで相手にするのは、飼い主さんがいるおおむね幸せそうな動物たち。仕事をするうちに「自分が幸せにしたいのは人間に捨てられてしまった動物だったな…」と思い出して、その後、行政獣医師の道に入っていきました。

新井)
行政獣医師とはどんなお仕事ですか?

高橋先生)
行政獣医師は、自治体で働く獣医師です。私は県職員として就職し、同期が10名くらいいました。その中で、大動物(牛など)や公衆衛生(いわゆる保健所など)の職種に分かれています。そこで保健所や動物愛護センターで働いていました。

新井)
そうだったのですね。

石川先生は、獣医を目指されたのはどんな理由でしたか?

石川先生)
葵先生が立派すぎて帰りたいぐらいですが…笑
私は獣医師=動物病院というイメージで、自分の家の犬を治療したくて獣医師になりたいと思ったのがきっかけです。

獣医学部に進んでから、実は獣医師はいろんな職種があることを知りました。製薬会社、ペット保険会社など企業に勤めたり、葵先生のように行政などで働く道もあるんですよ。

高橋先生)
石川先生のように、自分のうちの子の病気がきっかけで獣医師を目指す先生も多いですよね。

石川先生)
高校生で進路がちょうど決まっていなかったということもありました。
獣医学部を卒業したあと、最初は動物病院に勤務しましたが、その後一度キャリアを離れて、海外に行き、獣医ではない職業に就いたりした期間もありました。

新井)
そうだったのですね。ではなぜ、また獣医の仕事をしたいと思われたのでしょうか?

石川先生)
きっかけは生まれ故郷の群馬に帰ることになり、なにか動物に関係する仕事をと、獣医ではないですが畜産センターに就職したことです。
10年ほど働く中で、農家の方から「農場に猫ちゃんが増えてしまった」と聞いたり、獣医の先生と繋がりができる中で、野良猫問題について知る機会がありました。

実は獣医だけど犬猫と携わっていない期間が長いことに、ずっとモヤモヤした気持ちを感じていたんです。

そんな中、野良猫の不妊去勢手術をしている獣医の先生と知り合い、仕事の傍ら野良猫の不妊去勢手術を手伝うことになりました。

新井)
そんな出会いがあったのですね。

高橋先生は、行政獣医師で野良猫問題に携わっている中、スペイクリニックを立ち上げようと思われたのはどうしてでしょうか?

高橋先生)
県の職員なので、県内のいろいろなところを回りながら、行政獣医師を11年やってきました。全てが動物愛護業務に携わる仕事で、例えば犬猫の引き取りや殺処分、苦情や相談などです。

そして最後に勤めた保健所が、中山間地を管轄している、県内で猫の殺処分が最も多いところでした。

実際に勤務してみると、野良猫に関する問題が山積みで。直前まで動物愛護センターに勤務していて、子供たちへ啓発事業や地域猫の手術などがメインだったので、ギャップがすごく、「あ、現実はこっちだったんだ」と思い知らされショックを受けました。

毎日毎日、「猫が家に入ってきて困るから捕まえにきてくれ」とか、「隣の人が猫に餌をやっていて困る」など苦情対応に終われて、心が休まらない日々で。そんな中、なぜこんなことが起こるんだろうと考えたら、猫が増えることが問題だと。じゃあなんで猫が増えるの?と考えたら、その地域では手術費用がかなり高いことが要因だと思い至りました。

そこで、自分も手術ができるし、ゆくゆくは自分ができたらいいなと思ったのがきっかけでした。

新井)
そうだったのですね。
高橋先生は「手術車両」を活用した出張手術を推進されていますが、それはなぜでしょうか?

移動式手術室ニコワゴン of NICOX

高橋先生)
その中山間地の保健所の時に、手術したくてもできないという住民の方に話を聞くと「いや〜病院が遠いから行けないんだよね」と言われました。山なので、近所の動物病院にいくのも車で1時間とかかかるんです。
そこでまず「病院が来ればいいのでは?」と思いつきました。

また、その地域には1団体だけ、二人で地域猫活動をしている活動家さんがいました。その方たちが、車で2時間ほどかけて県外の手術費用が安い病院まで行っていると聞き、病院が来るようになれば、活動家さんの負担も減ると思いました。そこから、どうせやるなら手術車両で、と考えました。

車内での手術の様子

新井)
車自体を改造してしまうのは、画期的なアイデアですよね。

では、石川先生が本格的にスペイクリニックの獣医師になろうと思われたのはなぜですか?

石川先生)
先ほど「犬猫と携わっていない期間が長いことに、ずっとモヤモヤしていた」と話しましたが、いずれはスペイクリニックに限らず、獣医師の仕事に戻らないとな、とずっと思っていました。

というのも、獣医として働いていなくても、みんな私が獣医だと知ると、ペットについて何かしら相談をしてくるんです。自分の家の子のことだけじゃなく、野良猫を拾ったなどの相談も頻繁に受けていました。久々に連絡がくる子はだいたいその話で…笑。
そんな相談にネットで調べたようなことしか回答できない自分が嫌になり、獣医として経験を積みたいと考えるようになりました。

高橋先生)
そこで投げやりにならず、再びやろうと思ったのはすごいですね!責任感があるというか。

石川先生)
「聞かれるのが嫌だな」と感じる自分をそもそも変えたいと思ったんです。

高橋先生、石川先生

新井)
それでまずは、不妊去勢手術をされている先生のところで修行を始められたのですね。

石川先生)
その先生の不妊去勢手術のお手伝いで、耳カットなどを担当させてもらっていました。畜産センターのつてで手術したい野良猫がいる方に声をかけ、そう言った子も手術をさせてもらいながら技術を学びました。

それで、もっとできるようになりたいと思ったときに、複数の分院で不妊去勢手術を実施されている先生のことを友人から聞きました。メッセンジャーでコンタクトをとり、そこから半年ほど、毎週土曜日だけお手伝いさせていただき勉強をさせてもらいました。

新井)
どんどんTNR活動への関わりが広がっていったのですね。

石川先生)
その経験の中で、先生たちが地域の方に感謝されているのを見て、すごく素敵な仕事だと思いました。それに、手術日にはボランティアさんたちが毎回50頭など、手術希望の子を連れてくるのを見て驚きました。野良猫の不妊去勢手術はこんなにも需要があるんだなと。

そんな時、地域コーディネーターの鈴木さんを紹介してもらい、犬猫タウン前橋の存在を知り、犬猫タウン前橋病院の獣医師として本格的に活動することになりました。

犬猫タウン前橋病院にて手術中の石川先生

新井)
おふたりとも、全く異なるキャリアで大変興味深いです。

それでは、実際に活動されていて、苦労することはどんなところですか?

高橋先生)
TNR活動というと、限られた人や、特別熱心な活動家さんだけがやるというイメージがあるようで、一般にまだまだ定着していないなというのは感じています。

例えばにじのはしスペイクリニックはLINE相談も受け付けていますが、たまに「自分は素人だからやれる人を紹介してほしい」というメッセージをもらいます。

本当は、そんな人が一歩踏み出して経験して、周りにも広げてくれるのが理想的ですが、「何かしたいけど自分はできない」という意識の人が多い。無理強いはできないし、手取り足取り教えることも難しく、もどかしさを感じます。

新井)
なるほど、TNR活動の一般の方への広がりに課題があるのですね。

高橋先生)
あとは苦労と言いますか、手術に関しては、みんなに同じ「不妊・去勢手術」をするとはいえ、同じ猫は1匹もいないので毎回緊張します。その都度その猫を見て、とても神経を使います。

新井)
私も初めて知ったのですが、スペイクリニックの獣医師さんは、手術について少し特殊なスキルが必要なのですよね。

高橋先生)
普通の動物病院とスペイクリニックは目的が全く違うためですが、一般の人たちにも知ってもらいたいですね。

スペイクリニックは過剰繁殖問題を止めるための病院なので、1日で手術数をひたすらこなすのがまず大切です。そのための効率良いやり方、スピーディーな術式、地域へ猫を戻すまでの時間を考えて負担のない手術を行うことなどが求められます。飼い猫の手術とは前提条件が異なっているんです。

出張による野良猫の一斉手術

新井)
そういった技術はどこかで学ぶことができるのでしょうか?

高橋先生)
学校などでは教えていないので、そういった専門病院で学んだり、自分がやりたいと思ったときに飛び込んでいくことでしか身につけられないスキルだとは思います。

新井)
活動に携わる獣医師さんを増やすことも課題とおっしゃっていますよね。

高橋先生)
猫に限らず、動物が過剰繁殖して社会問題になっていることを大学では学びません。自分で調べないと知識として得られないのが現状です。

今やりたいと思っていない獣医師さんや学生さんたちも、きっと現状の問題を知ったら活動に携わりたいと思うはず。そのために、まずは知ってもらうこと。そして知った人を受け入れられる病院が増えることが大事だなと思います。
にじのはしスペイクリニックでも、学びたい先生を受け入れることを視野に入れつつ活動をしていきたいと思っています。

新井)
ありがとうございます。

では次に石川先生、この活動をやっていて良かったなと思う時はどんな時ですか?

石川先生)
活動を始めたばかりの頃は本当に余裕がなくて、1匹1匹目の前の手術をやることで精一杯でした。

でもそんな中で、野良猫ちゃんを手術に連れて来てくれる人たちは、みんなすごく喜んでくださったんです。感謝してもらえた時「わたしでも役に立てているんだ、いいことできているんだ」と思えました。

また、友人などに仕事のことを話すと「すごくいい!」と興味を持ってくれて、みんなにいい仕事だと言ってもらえます。自分の存在価値を感じました。

そして依頼者さんに「こんな猫ちゃんがいてね」など猫事情を教えてもらったりする時間も、人と人との繋がりを感じて嬉しいですね。

犬猫タウン前橋の保護猫たち

新井)
それは嬉しいですね。
高橋先生はいかがですか?

高橋先生)
わたしたちは出張に重きを置いて、困っている人がいるから出向くというのが基本ですが、出張先の方は「今までやりたかったのにできなかった人たち」で、そういった方に感謝してもらえることが本当に嬉しいです。

泣きながらお礼を言われることもあり、「猫が増えるということはこれほど人の負担になっている」と目の当たりにしてきました。みなさん、近所の目や金銭的な問題、そして「もっと増えたらどうしよう」という不安を感じていらっしゃいます。それを解決できるのがTNR活動で、自分もそれに携われることがありがたいです。

新井)
猫が幸せになるだけでなく、関わる人をそれだけ幸せにできるのは本当に素敵な活動ですね。

それでは、これからやってみたいことや、力を入れていきたい活動があれば教えてください。

高橋先生)
大きくふたつあります。一つ目は、この業界は獣医師も活動家さんも個々で活動するスタイルが多いのですが、個々だとやれることに限界があると感じています。

例えばにじのはしスペイクリニックの出張手術も、私がいなければ続けられません。せっかく築いたものが終わってしまうのは勿体無いので、同じ志の方とネットワークを作っていきたいと思っています。興味がある獣医師さんがいれば、一緒にスキルアップして仲間になってもらい、手術車を使って獣医療難民のところへ医療を届けたいです。

二つ目は、この犬猫の繁殖問題は公共性が高い活動なので、もっと行政レベル、企業レベルで活動を広げていきたいと思っています。活動の層をもっと広げていきたいですね。

新井)
なるほどです。石川先生はいかがですか?

石川先生)
おかげさまで犬猫タウン前橋病院へも手術依頼が増えて、手術枠が埋まってしまうことが多くなりました。本当は毎日手術を提供したいですが、一人では限界があります。そのため、もう一人獣医師さんが、仲間がいるといいなと思います。

新井)
ありがとうございます。
それでは、野良猫を手術したい、TNR活動を行ってみたい方へメッセージがあればお願いします。

高橋先生)
今は動物愛護といえば、猫を保護しましょう・譲渡しましょうという流れが多いと思います。ただ、なんでそんな猫がいるのかという根本を考えると、「保護する猫を減らすこと」が大事だと私は思っています。そのために、蛇口を占めるTNR活動に興味を持ってもらいたいです。

またおうちの近くにお腹を空かせた猫ちゃんがいたら、ご飯をあげるだけでなく、手術を受けさせて地域で一生を送ってもらうTNR活動に、自分ができることから携わってもらいたいです。

石川先生)
病院の受付ボランティアさんなどの関わり方もあります。無理ない範囲で、一緒に活動に携わってもらえたら嬉しいなと思います。

新井)
それでは最後に、これからスペイクリニックをやってみたいと考えている獣医師さんへメッセージをお願いします。

高橋先生)
すごくマイナーな活動に捉えられるかもしれませんが、本当に感謝されて、猫も人も救える仕事です。

目の前の猫を救うものではないが、未来を変える活動だと思うとやりがいしかないので、一歩踏み込んでいただけたら嬉しいなと思います。にじのはしスペイクリニックではどんな獣医師さんでも大歓迎です。

石川先生)
私もにじのはしチルドレンのひとりとして、活動へ参加する方が増えると嬉しいです。診療などなく手術に特化したこの仕事だからこそ、力を発揮される獣医さんもきっといらっしゃると思います。

高橋先生)
社会を変えるってなかなかできないことだと思いますが、TNR活動の広がりで殺処分数などは年々減少しています。その結末を一緒に見たい人は、ぜひ参加してほしいです。
こうした未来を変えるための活動に、私ははまっちゃってるんだと思います。

石川先生)
いつかこの仕事はなくなってしまうかもしれないですが、達成感は凄まじいでしょうね。

新井)
終わる瞬間に立ち会えるということですね。

高橋先生)
野良猫がいたら当たり前に「手術した?」とみんなが言える未来の途上にいます。ぜひ一緒にそんな未来を目指していきましょう。

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